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映画「サヨナライツカ」によせて - 1:原作小説 -

2010年1月23日(土)より、日本で
映画 「サヨナライツカ」 が公開となります。(※この公式ページへのリンクは音が出ます。)


ssayonaraitsuka_1.jpg


来月、春節期間中に東京へ帰国する際に、必ず映画館で観ようと
前々から公開を楽しみにしていた作品です。

原作の 辻仁成の小説「サヨナライツカ」 を読んでいる蜜としては、
これの映像化と、どのように映画化されているかがとても気になるところです。


ただ・・・
映画にするにあたって、必ずしも原作に忠実でなければならない
ということもないでしょうが、
少なくとも公式ページの予告編を見る限りは、
諸処で原作とは異なる部分がありそうかなぁ... という印象は拭えません。


映画紹介のあらすじには、
 『愛されることがすべてと思っていた女性が、運命的な出会いを経て、
  愛することが本当の愛だと気付くラブストーリー。』

とありますが、

そもそも、この 「サヨナライツカ」 は、果たしてそういう話なんでしょうか?


まだ観ていないので何とも言えませんが、
映画だけ観たらそういう感想を抱く作品に仕上がっているのかもしれませんね?


ssayonaraitsuka_5.jpg


でも、原作はどうでしょう。

小説の方のキャッチコピーも、
 『人間は死ぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
  愛したことを思い出すヒトとにわかれる
  私はきっと愛したことを思い出す』


となっており、
確かに、物語の冒頭から語られるこれは1つの大きなテーマであり、
作中にも一貫して、これを用いたやりとりが登場人物たちの間で繰り広げられます。

だからきっと、読んだ後に
「自分の場合はどっちだろう?」
と自問自答してみる読者も少なくないかもしれません。


けれど、個人的にはね。

長い人生における、点と線。
愛し愛される相手と、どちらを共にする方が最期に「幸せ」と言えるのか。



・・・こういうことを考えさせられる作品かと思っています。



※ここから先は、原作小説の感想・レビュー(※ネタバレ含む)になりますので、
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『どんなに好きでも、どんなにいとおしくとも、添い遂げることができない人もいる。』



           ssayonaraitsuka_2.jpg


読むたびに、又はどの立場や状況で読むかによって、なかなか印象の変わる作品だと思う。


2年ほど前に親友に薦められて借りた時は、1ページ1ページを繰るごとに
主人公・豊の「ずるさ」 都合の良さ優柔不断さ情けなさ にとにかく腹が立って、
途中で何度も本を投げつけそうになった。
読み終わった後、貸してくれた親友とは、この小説について思うことを一昼夜語り合った。

それから上海へ移り住んで程なくして、本作の映画のクランクアップのニュースが流れた。
ちょうど国慶節のお休みにどこへ旅行に行こうか考えていた頃で、
また急に「サヨナライツカ」を読み直してみたくなり、
そしてタイへ行きたくなったので、すぐに文庫を取り寄せて旅行先もタイに決めた。


タイへ向かう行きの飛行機で一読し、帰りも読み、さらに先週末にまた一読した。

相変わらず、
容姿以外の一体どこに豊の魅力があるのかだけはさっぱり伝わってこないので、
なぜ沓子が一生をかけてまで豊を愛してしまったのか? は、いまいちよく分からない。

光子の魅力や性格については、物語の進行上かなり都合の良いものに出来上がっているが、
それでも人間としての素晴らしさを備えた人だということは掴める。
反して沓子の魅力は、女性として官能的に優れており、自由奔放で強い引力を持つところ。

こういった沓子と光子の対比は、その容姿や性質、描かれる未来像とも全て真反対で、
それがまたステレオタイプ的な真逆さなので、共感はしやすいが鼻白むところでもある。


この辺のところの感想は何度読んでもあまり変わらないのだが、
2年前に最も気に障った、豊の「ずるさ」にはもう苛立ちを覚えることはなくなってしまい、
むしろ今は、果たして豊は何に対してずるかったのか? を問うてしまう。



         ssayonaraitsuka_3.jpg



本能に任せて、沓子の甘い蜜を吸い続けた豊は、確かにそこが「ずるい」かもしれない。
危ない綱渡りを欲望の赴くままに甘んじて受け入れてしまった挙句、
(豊自身も予想以上に本気で苦しみつつも)結局は沓子に身を引く決心を強いてしまう。

沓子に導かれるがままに関係を続けるうちに、彼女に惹かれてもなお、
光子との婚約を反故になどできないのは、
実は光子に対する愛というのは瑣末な理由であって、大半の要因は
光子と結婚することで自分の将来の安定も約束されるというメリットや、
その周りの人間関係にも影響が及ぶことへの政治的配慮といった
自身の出世欲や野心によるものなのだから、都合の良いことこの上ないとも言える。


しかし、よくよく考えてみれば、
このような豊の都合の良いものの考え方と振る舞いは、
そんな条件の整った結婚を前にしてもなお、旺盛な年頃の好青年としては
むしろごく普通の、当然のものであったかもな・・・ と今は理解できなくもない。

(ただそれがあまりに正直に、ありありと描かれるので、
 女性読者としては若干苦笑いして(もしくは苛立って)しまうのと、
 作者が豊という人物を正当化しているというか、肩入れしすぎるきらいが
 作品全体に漂っていて、そこがどうにも勘に障る原因かと。)




それよりも気になるのは、のちに沓子が豊に投げかける「ずるい」という言葉だ。
『ずるいわ。
 君は本当にずるい。ずるいよ。ずるすぎる。
 ずるい、ずるい、ずるい』

そこに込められた複雑な心中を察しないわけではないけれど、
ただ、沓子は豊にそれを言える立場なのか?
だって、豊がずるくなかったら、沓子は豊とあんな風には愛し合えなかったんだよ…?


皮肉だけどね。


『一時期だけ君の瑞々しさを借りるつもりでいた』
最初はただそれだけの理由、だからこその大胆にも絶妙な強引さで
理屈を超えた説得力のある奇襲攻撃、事故のようなセックスを沓子は豊に仕掛けた。
そこから始まる淫らで怠惰で、ふしだらな日々。
『ここはバンコクではない。ここはオリエンタルホテルというもう1つの世界。』
という沓子の言葉通り、龍宮城のような別世界で繰り広げられる、
総じてまったく生活感のない、非現実的な愛欲の関係。

そして最初から、期限があって終わりの見えている関係。

2人には、愛は生まれたけれど、「その先」を成せるはずがなかった。
けれど、それは初めから分かっていたことだ。
その未来を捻じ曲げるつもりもまた、なかったはずだ。
そんな権利すらないことも、沓子自身よく自覚はしている。

計算違いで生じてしまった愛する気持ちと、現実に差し迫っている別れに板挟みになって、
日に日に追い詰められ壊れていく沓子の姿は確かに痛々しいけれど、
それでも沓子は豊に「ずるい」なんて言えないはずではないか? と私は思う。

好青年で居続けようと、なんとか沓子の方から身を引かせようとする豊の振舞いは
確かに「ずるい」のだけれど、ではそれ以外のどんな決着を沓子は望めたというのだ…?




         ssayonaraitsuka_4.jpg



『幸せが儚ければ儚いほどにその幸福は何よりも純粋に思えた。』


最初は色んな意味で甘かった関係も、次第に「苦痛だけど感じる」状況へと変わってゆく。

バンコクの日本人社会からも冷ややかな反応を受けるようになり焦る一方で、
別れなければならない日も、刻一刻と迫ってくる。
光子と結婚するという事実は決して動かないことを百も承知の上で、
豊は迷い、沓子はストレスを頂点にまで募らせる。

だが豊は、自分が沓子に対してどういう態度でいなければならないかもまた
意外と冷静に分析して、表情は変えずただ俯き、言葉も慎む。
沓子と同じ気持ちがないわけではないが、応えてはならない。
豊にもまた表に出せない、出してはいけない想いがあり、苦しんではいる。
抑圧された心理は涙に形を変えて、それだけは正直に溢れ出てしまうのだが。

喉まで出かかった言葉を飲み込む苦しみと、
伝えた気持ちに対して返事を戻してもらえない苦しみと。


2人は心の綱引きによって生み出されたそれぞれの苦痛に、それぞれ忍耐する。


そしてついに、
『きっともう一生会えないわね』
と覚悟する別れの時がやって来た。
ドン・ムアン空港の出国ゲートを、1人くぐって消えていく沓子の背中。
その数時間後、到着ロビーで待つ豊を見つけた光子の無邪気な笑顔・・・


その夜。

『僕モ、愛シタコトヲ思イ出ス』
未来を共にはできないのに、豊がそう心の中で叫んだ相手は、
もうここにはいない沓子であった。
反して、ここで「愛しているよ」という言葉を口に出して伝える相手は、光子であった。
その光子と、豊はその後の人生を共に歩む。



なんというパラドックスなんだろう。


『どんなに好きでも、どんなにいとおしくとも、添い遂げることができない人もいる。』



         ssayonaraitsuka_6.jpg



「後悔」という2文字をずっと背負ったままだった豊は、
その25年後に、思い出のザ・オリエンタル・バンコクで沓子と再会して、
過去間違いなくそこに存在した愛を、初めて
2人ともが「愛していた」という言葉をもって確かめ合う。

しかしこれはもう、沓子が微笑みながら泣くだけはある
『今更』『何もかも遅すぎる』行動であり、
これによってお互いが自分自身に対して、幾ばくかの過去との和解をできることになるのだが、
それでもなお、その後は再び逡巡を繰り返すばかりで、近づきあうことはない。


そしてその4年後、ついには沓子の臨終の床という究極の場面において
最後に、
そしてやっと初めて、2人の愛は
「愛している」という過去形ではない言葉で交わり、永遠という形で昇華されていった。




・・・終わり方としてキレイすぎる気もしないではないが、
写真をスクラップするように切り取られた、色褪せない過去の記憶だけを繋ぎ合わせて
想像に替え、それを鮮やかに蘇らせ反芻できるのは、
やはりこういう関係に於いてしかありえないことなのかもしれない。


長い人生における、点と線。
愛し愛される相手と、どちらを共にする方が最期に「幸せ」と言えるのか。



いずれにしても、
豊の所有する銀行の貸し金庫の中に、光子の詩集と沓子の手紙とが仲良く収まっている様子、
これこそが彼の歩んできた軌跡、人生そのものを如実に表しているのだろう。




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映画「サヨナライツカ」によせて - 2:バンコク -PageTopまずは「佳家湯包」の純蟹粉湯包を

Comment

考えるなぁ・・・。

うーむ。私は愛されているのか愛しているのか?
自分では愛していると思い込んでいるが、
実は愛していないのかも??

自分の心と向き合うきっかけとなりました。
この小説読んでみます。映画も見てみたいなぁ。

映画化するにあたってはドンムアンではなくスワンナプームでロケしないとだめでしょうけどね、ああ、25年前の設定だからドンムアンでロケするのかな?そんなことを言う俺ってロマンチストじゃないなぁ・・・。

「ずるい」って言っちゃう気持ち。
わかっちゃいけないんだろうけど、
あの本読んで社会人になった今は、
なんとなくねー、私は分かる気がするんだよね・・・

「ずるい」って言わない女性が
一番怖いと私は思うのです。

ほめられたことをしているわけではないので、
「ずるい」なんていう権利がないのは分かってるけど、
それでも、もう抑え切れなくて言っちゃえる女性は
やっぱり素直で魅力ある人なんじゃないのかなぁ。
とか。
逆に「ずるい」って思っても、
言わずに耐えちゃう人のほうがよっぽど怖いよー。
化けてでてきそー・・・
と思って共感できない気がする。

この小説読んだの、学生の頃だったから
さらっと読んで
「きれいだなぁ」
と思って終わっちゃったし、
「辻さんって、なんか女性的・・・不思議ちゃん(苦笑)」
って思ってしまってそれだけだったけど、
今読んだら深みを増しそうねー。

そして、バンコクの空港については、石井さんと同じことを思ってしまった私も、ロマンチストではないのかねぇ・・・(苦笑)

>石井さんへ

なんか、したり顔で(?)原作に対する個人的見解なんて書いてみたわけですが、
その後やっぱなんか違うような気がして、
うまくコメントをお返しすることもできずにいました…(笑)

作者が主題としたテーマも、また蜜が感じるテーマも、
それもまた読み手によって人それぞれかなぁと思うのです。
映画は、、、多分そのうち海賊版DVDが出ますってi-229

言われてみて気になったので調べてみましたが、
ドンムアンも国内線で若干使ってるんですね、今でも。
だからやはりこちらでロケするのかな?映画観る時、よく注視しときますよ(笑)

>tabithaさんへ

あ、じゃあもしかしたら私は、その「化けてでてきそー」な人の方かもね?(笑)

なるほどー・・・
やっぱこう考えちゃう私って、言葉においてはあんまし素直じゃないのかな。。。
(でも体?態度?表情?とかはめっちゃ素直に表れちゃうんだけどさw)

耐える美学?じゃないけど、
「抑え切れない気持ちを口にすることをなんとか我慢する」という状況に
実は私って1番心動かされるのかも… っていうことに気づいたわ。
これは新境地かも。突き詰めてみようかな。
tabithaちゃん、ありがとう!(笑)

ちなみに、豊は光子に対しても「ずるい」ことをやっているわけで、
光子は気づいていないから、そう言う状況にもならないけど、
でも光子はもし事実を知っても「ずるい」とか言わない性格な気がする。
それは我慢しているとかいうんじゃなくて、また別の性質で。

今読み直すと、きっとまた違ってくると思うよi-189

ところで、ドンムアン空港のことは私も気になってるから、
ロマンチストの是非とはまた別の次元かと~(笑)

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蜜

Author:蜜

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June 30, 2009
その夜、住み慣れた東京から、片道切符で上海へ飛び立ちました。
新しい暮らしの幕開けです。

これから沢山あるだろうステキな出会いを書きとめながら、蜜ならではの上海の香りをお届けしたいと思います。

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